全国ノスタルジー探訪

現代に残る、身近な過去を探してあちこち歩いてます。

昭和の地獄橋

とある方より浅草の言問橋には現在も戦争の傷跡が残っているとお聞きして、確認しに行ってきた。
予備知識として事前にググル先生に聞いてみると、3月10日の東京大空襲で浅草側・向島側から逃げ惑う人々で橋の上は身動きがとれなくなり、そこに火が燃え移って何千もの人が橋の上で焼死したらしい。その筆舌に尽し難い惨劇により、言問橋は『昭和の地獄橋』と呼ばれているとのことだった。※詳細を知りたい方はこちらをご覧ください。空襲日記

勿論、橋自体は建て替えられているけど、両岸にある石柱は当時のままのもので、確かに黒く焼けただれた跡が残っていた。これは焼け出された人の脂の黒ズミらしい。

言問橋2


現在、言問橋の真っ正面には東京スカイツリーがそびえ立ち、橋の上の人々はツリーを見上げながら嬉しそうに写真を撮っていた。一方で、私は火の海と化したこの橋から飛び降りた人々のことを考えながら川を見下ろしていた。名前の通り、言問橋はこの場で起きた凄惨な出来事を忘れないよう私たちに問い続けている。

言問橋